名前のことも、容姿のことも、性格や行動力のことも。
子どもの頃の同級生からのイジメ。
初対面の大人にも言われる容姿のこと。
私はこんな人だと親に決め付けられた人格。
その人格をもって本当にそういう人間だと決め付ける親戚。
どんなにがんばっても、認めてはもらえない。
そして、家でも、人前でも私は卑下される。
それが私という人間にされていく。
どんなに努力して、誰が見てもわかるものを持っていたときは
まだ、よかった。
これ以上はないほど必死に勉強して、成績を上げ、
親の満足する高校に余裕で入り、安定した会社に就職して。。。
でも、今は・・?
親は子育てを終えた自負がある。私の子育てにアドバイスする。
ああしなさい。こうしなさい。。。そりゃもう、私の叱り方に
対してもごちゃごちゃ言う時もあります。
子どもは外で(ばあちゃんに)ママのことを話しちゃいますからね。
私には、今でもフラッシュバックするほどの折檻の数々も、話せる人は一人もいなかったなぁ。
また、母が私を育てたときは大変な状況だったので、私が子育てを
する環境がラクに見えてしかたないようだ。
あんたは、こうしないかん。こういうのはやめないかん。
などなど、自分がヒステリーをおこしていたり、傷つくような発言を
していたことは棚に上げて、模範的なことを私に対しては要求するの
ですから聞いていられません。
母は私が精神的にぎりぎりのところで、育児をしていた頃、
その状況を見ながら、「あんたは、まだいい。私は・・・・」
と、しゅっちゅう言った。
こんなに大変な人もいるのだから、あなたはがんばりなさい。と
言いたいのでしょうか。
私が妊娠したときから母の発言は過去の苦労話が増えていたので
本人も気づいていないけど、癒えていないんだと思います。
そして、母の苦労話は私の幼少期が重なるのです。
そこに母の愛情を感じる言葉がなかったのが淋しかった。
ただ、義務だったの?と感じました。
「高校を卒業するまでは、自分はがまんした。」
あなたも我慢すべき。ということでしょうか。
正直、母と話すと、もっとイラついたり、落ち込むことが多かった。
あまりに限界に達し、私は何のために生まれたんだろう。と
つぶやいたことがあります。
こんなにお母さんに苦労をさせた。って。
その時、やっと慌てて「あんたがいたから、がんばってこれた。」
って言ってた。^^;
さすがに母も少しずつ、言葉を選ぶようにはなりましたが、
どこかずれているんだよね。
この件も、父の私に対する厳しさのせいと思っているようです。
「おまえは、子育てを間違っている。」
何かにつけて、「それでも母親か!」と父は言いいますからね。
普段、寡黙な人なんですが、スイッチが入っちゃうと自分の言葉に
酔いしれちゃうんですね。
こっちは、ひたすら黙っているしかなくなるのよ。
これも、なんとかせんと。でも、これはね、なかなか難しいわよぉ。
(;;)
それよりね、何かにつけて母は「お父さんが・・・・と言っていた。」と
私のことを注意するのですから。
それって、母の対応の方がまずいと思うんだけど・・。
励ましているつもりだろうし、真剣に心配してくれているんだけど、
どこか、ずれていた。
それに、いつも母は自分のことを話す。
過去の苦労、今の不満。多分、自分のことでいっぱいなんだ。
私も以前は余裕がなくて、いっぱいだった。
だから、母のことを思いやれなかった。
母を追い詰めるような発言をして、結果的に母が自分を
正当化せずにはいられない方向へ持っていってたんだ。
本当にがんばって育ててくれてありがとう。って心から
思っていなかった。
まだ、若かった母が本当に過酷な状況で私を育ててくれたのに、
私はどうしても、自分の納得のいかなったことに目が行ってしまい
一生懸命、私を育ててくれたことにまず、本気で感謝したことがなかった。
自分からすべてを悲しい思い出に塗り替えてしまっていたところもあった。
ほんのかすかに、たまにだけど、うれしかったことも思い出すから。
母も一生懸命だったのに、大人になった娘に非難めいたことを
聞かされてどんなにつらかっただろう。。。って今は思う。
今は、ここにこうして自分が存在することは母のおかげだと思う。
すごくヒステリーだったり怖かったけど、よけいなおしゃべりで、
すぐに私のことを人にしゃべっちゃうけど、少しは良くなったような
気がするし。
たくさんの時間はかかったけど、母の清算できていない気持ちが
こういう言い方になってしまうことが今は、わかってあげられる。
ただ、私にはこう聞こえてしまうんだよ。と今はちゃんと伝える。
なかなか、通じないけどね。^^;
ほんと、母よりもっと苦労をすればいいんだ。と思ったこともあるしね。
極めて昔方の日本人なので、自分の子を絶対にほめないし、
まだそれだけならよくあることだと思うのだけど、うちの場合、
やたら他人や親戚の子を褒めまくるんだ。
今まではむかっとは来ても、流せたんだけど、育児をしている
よそのママのことをはいっさいダメだった。
ただでさえ、認めてはもらえないストレスがあるのに、
旦那や母親や姉妹のサポートを受けられ、時々帰って泊まれる
安らげる実家があるよそのママを褒めるんですから。
あの子は偉い、よくやっている・・・ようなことを、のたまられ・・。
「わんももがああいう性格に育ったら、良かったのにな・・・。
って、お父さんが言ってた。」と言われたときは、どん底でした。
私という人間は完全に否定されました。
しかも、このクセのある言い方に、完全に嫌気がさしました。
あるとき、うちの子どもが激しくケンカをしたときに自分の
子育て期を思い出した母が言いました。
あんたはそんなに悪さはせんけど、弟が悪いことをして
まき沿いになってた。だけど、ケンカは両方を叱らな、いかんで
いつも一緒に叱った。と満足げに・・。
家の中のケンカもあるけどね、お出かけ時、たぶん弟は腕白だったんだと思う。男の子だし。
外出先から帰宅したらいつもすごい剣幕で怒られた記憶だけがのこっている。
このことも一人だけを叱るわけにはいかんかった。と母に言われた。
何をどうしていけなかったのか?なぜ怒られたのか?が思い出せない。
ただ、悔しかった。
いつも、いつもがんばることは認めてもらえず、まき沿い食って激しく怒られて・・。
言い分なんて聞いてくれなかったし。ケンカは両方が悪いと今だに言っているくらいだから。
話せば長くなるからやめますが、過去も今も自分のことは思いっきり、棚に上げています。
その言葉、今の自分に言ったら?って思うことがしばしば。。
お察しかと思いますが、うちは折檻がありました。言葉で傷つき体罰で恐怖を感じていました。
同じ日時に起きたことでも、不幸なことに2歳年上の自分は、弟よりも記憶が強く焼きついているんだと思います。
いろんな意味でちょうど加減のいい弟は怒られても折檻を受けても、あまり、深く受け止めず、けろっとしていたことをはっきり覚えています。
ごめんなさい!!!もうしません。。。と言いながら心は(^^)
。。。。とこんな感じです。
私は、絶対に納得できないことを謝らなかった。
だから、弟よりも反省させられる時間も長かった。悔しくて悔しくて。
多分、この気持ちを押さえ込んで、いつからか、だまっていれば親はおさまっているからそれでいいんだ。と言わせっぱなしにして合わる感覚を身につけてしまいました。
そして今になって、最もなこと・・母親理想像を私に押し付けるのですから、たまらない。
相変わらず、何をしても私は認めてはもらえないのです。
なんだか、めちゃめちゃな文章ですが、自分がされていやだったことは
子どもにはしないように、どうしたらいいか考えながらやってきました。
どうしても、おさえきれない感情をぶつけてしまうこともありますが、
その時は素直に子どもに謝ります。
怒ったり、泣いたり不安定なママを見て子どもは大丈夫かなぁ。。と
思うこともありますが、人間らしく弱いところも強くなろうとする
ところも見せることも子育てになるのかな。と思うようになりました。
私は良いママ、完璧な人になろうとしすぎていたんだと思う。
そんなことも、あんなこともあって今はこうして、そこそこ元気に
なりましたが、もうひとつの問題、お義母さんのことが。。。
今度でおしまいにします。
☆今日もがんばれるのは、自分が一人じゃないって思うから。
☆自分と似たように傷ついた人に出会ったから。
☆生い立ちは違っても、痛みを理解しようとしてくれる人がいるから。
。。。みんな、ありがとう。。。
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中学と2歳の母「がんばる拓りんママ」必見

3人のお子さんが、大人になられワンちゃんもいる大家族のママ。
お庭・お花も大好きなmagu7さんのサイトはこちら。
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☆A feeling of happiness 幸せの予感☆
http://blogs.dion.ne.jp/magu7/
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先輩ママの視点や考えはすごく、あたたかくてありがたいし、心強い!
それに、現場をよく知るママたちの声はパワーになるよ。
私たちはひとりじゃないんだね。
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